第7章 拡がり続ける仲間の輪

財布を持たないジョーの話

 第1回ライブが終了してからというもの,しばらくギターに触る気が起きない毎日が続いた。 中学・高校時代に試験が終わって,教科書を開きたくない気分と一緒だ。またしても「試験」が「ライブ」に,「勉強」が「ギター」に置き換わっている。 人間いくら年を重ねたところで変わりようのない一面があるようだ。

 余談だが,スタジオ練習が終わると参加者全員でスタジオ代を清算する。 若者は1時間100円を負担し,残額をあとのメンバーで均等割りする。 人数が多いので4時間借りても一人1,000円少々の出費で済む。
「イマドキ1,000円ちょっとでこれだけ楽しめる遊びはそうはないだろう」
と自慢したいところだが,練習後には必ず飲み会が控えている。 スタジオ代と飲み会をセットにすると,そこそこの遊び代になってしまう。
「スタジオ代は一人1,400円ね」
ジョーから告げられ2,000円を渡すと, ジョーはズボンの右ポケットから小銭を掴みだし, 600円のおつりを返してくる。誰かが10,000円を差し出すと, 今度はズボンの後ろポケットから千円札を取り出し, 右のポケットから小銭を取り出してくる。 ジョーは財布を持たないのだ。
「面倒臭いし,無くすと嫌だから」
これが理由らしい。ズボンを履き替えるたびに, いちいちお金を移し替える方がよっぽど面倒だと思うが人それぞれである。 ポケットの中は汚れてしまうにきまっている。

 高校2年の時のことである。 ジョーと竹橋の共立講堂に行ったことがあった。 古井戸,泉谷しげる,ケメが出演するコンサートがあったのだ。 学校帰りに制服姿で直行した。竹橋駅に着くと,
「着替えてくる」
ジョーがトイレの中に入っていった。 外で待っていると,ジャラジャラジャーン,小銭が飛び散る音がした。 しばらくして,びっしょりとなった両手いっぱいに濡れたお金を乗せて, 罰が悪そうに顔をひきつらせながら必死で笑顔を繕うジョーが出てきた。
「着替えていたら,お金が便器の中に落ちちまった。 よっぽど諦めようと思ったけれど,もったいないから全部拾ったよ」
あの時は何でお金が落ちたのか理解できなかったが, おじさんバンドを始めてから財布を持たないことを知って, 30年前の出来事が納得できた。 お金をポケットに詰め込んでいるが故の失態は, これだけでは済まないはずだ。 普通なら凝りそうなものだが, 未だに財布を持たないあたりが,ジョーの変わらぬ一面らしい。 最近のことだが,この出来事をメンバーに話すとジョーが言った。
「REN,面白く話を作るなよ」
すると,娘のリカちゃんがつぶやいた。
「この前なんか,差し歯をトイレに落としたのよ。 洗ってまた使っていたけど……」

「大人の遊び」と「大人の教訓」

 話を戻す。第1回ライブが終わった直後から, メンバーのメールラッシュで賑わった。 多い時には1日で優に20本を超えたこともある。 たまたまアメリカ出張を控えたオカコからメールが入った。 「今日からしばらく会社のPCでメールを受信できないので, 明日の成田出発までは携帯に送ってね」 オカコは会社のPCでメンバーメールを受信していたのだ。 すると,追いかけるようにコツからメールが届いた。
「オカコが携帯のメルアドをリストからはずして欲しいと言っているよ。 何でも数が多すぎて,受信しきれないうちにバッテリーが無くなるみたい」

 オカコが出張から帰ると,ジョーの家でホームパーティを開いた。 ライブのビデオを酒の肴にした慰労・打ち上げ会である。 ジョーと奥さんのミッコちゃんが見事な手料理を振る舞ってくれた。 ジョーはハコバンをやっていた頃,昼間は洋食店で調理の仕事をしていた。
「変な店で食うより自分で作った方がよっぽどうまい」
と言うだけのことはある。メンバーの面々は大満足だ。

 ライブハウスからもらったビデオの上映が終わると, 次に山ママ(山ちゃんの奥さん)と子供たちが撮影したビデオが流された。
「これこれ,“I've got a feeling”のショーゾーのイントロ。 絶対にやり直しかと思ったよ」
「うんうん,でも途中で止める訳にいかないからね」
「“Woman”のRENのギターどうしたの?練習でもこんなことなかったのに」
「山ちゃんと子供のやりとり最高!」
「カオちゃんは相変わらずうまいねえ」
いつまで経っても話題は尽きない。 この日,山ちゃん親子が撮影したビデオが全員に配られた。 ライブハウスが収録したビデオとCDも渡された。このCDは2枚組で, 1枚目の最後の部分が曲の途中で終わり,2枚目の最初が曲の途中で始まっていた。 それを知った音響のプロのコツが,ビデオに収録されている音を使って, 途切れた箇所を見事に修復してくれた。
「自分でもどこを繋いだか分からない」
というほどの完璧な仕上がりである。去年(2002年)の第2回ライブでは, ミッコちゃんの同級生でCM制作に携わっているキムラ君が, 自ら撮影したライブ映像と,皆が撮った映像を編集し, まるで4カメを使って収録したかのような見事な編集映像に仕上げてくれた。 それぞれが培ったノウハウと技術を提供して思い出を最善の形にして残す。 ライブが終わった後にも,新たな楽しみが待っていた。 これぞ「大人の遊び」である。

 「そろそろリハビリを兼ねて練習を再開しようか」
 ライブが終わって一月が過ぎると,陰のバンマス・ナリジからメールが入った。 久しぶりで手にしたギターは弦が錆びている。指はすっかり柔らかくなり, ちょっと弦を押さえただけで痛くて堪らない。 ライブに向けて1年間も練習したのに,所々忘れてうまく弾けない曲もある。
「根気の習得,一瞬の衰え」,これは「大人の教訓」である。
 練習が再開すると,ナリジからまたメールが届いた。
「メールの法則に従ってSミュージックに送信したらマッちゃんから返信が届いたよ。 マッちゃんがついに見つかった」
メールの法則とは,マッちゃんのフルネームの後ろに 「@」(アットマーク)をつけて, 会社のドメインを続けるメールアドレスの形式である。 マッちゃんとは連絡が取れなかったが, Sミュージックに勤めていることは分かっていた。
「昔の仲間とおじさんバンドを組んでビートルズなんかをやっている。 マッちゃんも良かったら参加しない?」
「久ぶりー。いいおじさんたちが何やっているのさ。ケラケラ」
ナリジからマッちゃんのメールが転送された。 おじさんバンド結成当初から探し続けていたマッちゃんがついに見つかった。

マッちゃん登場

 マッちゃんと初めて会った話は, コツの紹介(第5章)の中で触れたので省略する。 高校2年の小金井公会堂でのライブでは,私がリードギターを担当し, マッちゃんがサイドギターを担当した。 マッちゃんはリズム系のカッティングがメチャメチャうまい。 もちろんリードの腕前も私など足元にも及ばなかった。 あの頃赤いセミアコを使っていたマッちゃんは, 吉祥寺南口の駅前の料理店で住み込みのバイトをしていた。
「マッちゃん,何か食べさせて」
「またか,ケラケラ」
吉祥寺に出向いては,バイト先に顔を出してご馳走にありついた。 お金がかからないで具合がいいと思っていたが, 今にして思えばマッちゃんが食事代を負担してくれていたに違いない。

 大学時代のことである。 高校2年の小金井公会堂のライブでギターをやめた私に, 知り合いの紹介と名乗る人から電話があった。話を聞くと,
「中野公会堂でライブをするがリードギターがいない。 ぜひ手伝って欲しい」
という。私はギターもやめ,義理もないので断った。 するとその後も何度となく電話がかかってきた。
「どうしても見つからないんです。助けて下さい」
ライブ当日がどんどん迫り,引くに引けない状況に追い込まれた。
「ぼくにはとてもできませんが, 心当たりがないでもないから一応あたってみましょうか?」
そう応えると,頼りのマッちゃんに電話して事の次第を説明した。
「マッちゃん,お願い。手伝って」
「どんな曲やるの?今はお金にならない演奏はしないんだけどね。 まっいいか」
この頃のマッちゃんはプロギタリストの道を歩んでいた。 電話の主とは事前に会うことも練習することもなく, ライブ会場の中野公会堂で初対面の挨拶を交わした。
「マッちゃんは本当に来てくれるだろうか……」
そんな不安の中,約束の時間にマッちゃんが現れた。 マッちゃんは,待合室で腰掛けるとケースから フェンダーのテレキャスターを取り出した。
「すげー,本物だ!」
本物のエレキを間近に見たのはこの時が初めてだった。 ぶっつけ本番は,マッちゃんの見事なリードで無事に終了した。

 いつもニコニコしていて,「ここぞ」というときはバッチリきめる。 小金井公会堂でのライブでも, この時のライブでも,おじさんバンドのライブでもそうである。 進歩の無い私は,未だにマッちゃんに頼りっぱなしである。 それにしても,電話の主と紹介した人とは一体誰だったのだろう。 中野公会堂で何を演奏したのだろう。頼もしかったマッちゃんと, 初めて目にしたテレキャスター以外, ほとんど記憶に残っていない若き日の思い出である。

 この後からマッちゃんとの連絡は,バッタリと途絶えてしまった。 マッちゃんは,吉祥寺駅前の料理店を辞めてからコンサート会場で パンフレットを売るバイトをしながら ギタリストとしての腕を磨いていたらしい。 そんなマッちゃんに転機が訪れる。 天才ギタリストCharとの出会いである。 Charのコンサート会場でパンフレットを 販売したのがきっかけとなって, マッちゃんはCharのマネージャーになった。
「Charさんと出会ってギタリストの道を諦めた」
「Charさん」という敬称付きの響きの中に, マッちゃんとCharの身近さが感じられる。 Charはナリジが勤めていたレコード会社に所属していた。 販促会議でCharの宣伝を担当していたナリジと マネージャーのマッちゃんがバッタリと出くわし,
「あれ?何でこんな所にいるの?」
と互いに顔を見合わせたというから世間は狭いものである。

 その後マッちゃんは,米米CLUBを作ってマネージャーとなった。 かの有名な米米CLUBは, マッちゃんが一人一人メンバーを集めて作ったのだ。 大所帯の米米CLUBは,ライブのPAに大変な経費がかかったらしい。 そこでマッちゃんは昔の仲間だったコツにPAを頼んだという。 その後,大手レコード会社・Sミュージックに米米CLUBを売り込み, 自らも入社して,現在はプロデューサーの職にある。 奥さんは,米米CLUBで華やかなコスプレを身に纏い, 華麗に歌って踊っていたシュークリームシュの元一員である。 その奥さんが学生時代にコツと親交があったというから, またしても世間は狭い。

 第1回ライブを終えたある日, 吉祥寺のスタジオで練習をしていると, マッちゃんがSミュージックの元部下・チョロ山を伴ってスタジオに現れた。 この日からマッちゃんとチョロ山がおじさんバンドに加わった。

ギターポジションの話

 マッちゃんと師弟関係にあるチョロ山は, 20代後半の若者でプロギタリストの経歴を持つ。 スタジオ練習では正面の大きな鏡を常に意識して, ギターアクションを細かくチェックしている。 昨年(2002年)に行った第2回ライブのビデオを見ると, チョロ山の動きがやたらとかっこいい。
「若いっていいね。体の動きのキレが違う」
私が言うとチョロ山が反論した。
「年じゃないすよ。Charさんなんかもっとかっこいいす」
演奏曲を覚えるだけでキャパがオーバーしている私には, アクションに気を回す余裕などまったくない。

 ギターポジションだが,一般的に若者は低い位置に持ち, 年配になると高い位置に上がっていく傾向がある。私が高校の頃は, 低い位置にギターを構えたジミー・ページ(レッド・ツェッペリン)の 演奏スタイルがかっこいいと評判になっていた。 第1話で触れたジョーが伝説のハートブレーカーを 披露した時もかなり低い位置だった。
「ギターが高い位置だと弾きにくい」
一端(いっぱし)のことを言っていたが, どう見ても弾きやすそうには見えない。 ズボンを落として履く流行が私たちの中学時代に始まり未だに続いているが, 本人の満足度と反比例した周囲の冷ややかな視線が存在する。 ジョーのギターポジションはこの関係に似ていた。 いかにも弾きにくそうで見た目もいいとは言い難かったが, 巷の天才ギタリストに意見などできようはずもない (Charが登場したのでジョーは「巷の天才」に格下げさせていただく)。

 去年,シゲの同僚の医師が六本木のキャヴァンクラブに出演するというので, おじさんバンドのメンバーたちと応援に駆けつけた。キャヴァンクラブとは, 無名の頃のビートルズが演奏していたイギリスのクラブの名称で, 六本木の店はそれに因んで名付けられたビートルズナンバーを 専門に扱うライブハウスである。 店に入るとアマチュアバンドのイベントが行われていた。 滑稽だったのは,頭の薄くなったおじさん達が, 揃いも揃ってギターポジションと 演奏スタイルまでジョン・レノンを真似していたのだ。 若い頃のジョンは,体の中央のやや高目の位置に ギターのボディーの中心を置いて, ガニ股に立った膝を前後に小さく屈伸させながらリズムを取って演奏していた。 その姿はどうひいき目に見てもかっこいいとは言い難い。 しかし,ジョン役は必ずといっていいほど,あのスタイルを真似していた。 若さと人気の絶頂にあったジョンだからこそ見過ごせたが, おじさん達が真似すると,かっこ悪さを通り越してギャグになる。 あれに比べれば,ジョーのジミー・ページスタイルは, まだマシだったかもしれない。

 チョロ山のギターポジションは程よく低く, 体の動きはリズムに乗って細かくキレ, お世辞抜きでかっこ良かった。 プロともなると,演奏技術以外の視覚的要素も要求されるようである。

チョロ山でかした!

 第2回ライブで浜崎あゆみの「Depend on you」を演奏した。 この曲はバリバリの打ち込みが使われている。 曲のインターバルで,ドラムの13連打 (アップテンポの6連符+6連符+次の拍の頭)と, それに重ねるキーボードの速いフレーズがあり, 生での再現が非常に難しい。 とてもマスミのキーボードではできそうもなかった。 そんなある時,ジョーからメールが届いた。
「朗報!浜崎あゆみのCDでキーボードを弾いていて, ツアーにも参加している人がチョロ山の知り合いらしい。 その人がうちらのライブ用に“Depend on you”の キーボードを打ち込んでくれるそうだ。チョロ山でかした!」
浜崎あゆみのキーボードを弾いている現役プロの 打ち込みが第2回ライブで使われた。 ライブ後の打ち上げの時,ギャラリーとして 会場に来ていたきしぼんが私に言った。
「右側の方で“Depend on you”を弾いていたキーボード, 相当うまいんじゃない?」
きしぼんがそう思ったのも無理はない。 マスミはこの曲の最中,口パクならぬキーボードパクに終始し, 会場にはホンマモンが演奏した打ち込みが流れていたのである。

 マッちゃんによると,チョロ山は半年に一度の頻度で仕事と 彼女絡みの大事件が勃発するらしい。 どれも腹を抱えずにはいられないユニークな話だが, チョロ山の名誉に配慮してここでの紹介は差し控えることにする。

エーちゃんという人

 マッちゃんたちの参加と前後して メンバーになったのがエーちゃんである。 エーちゃんは,ジョーの強引な誘いに屈して加わることになった。 私とは,幼稚園,中学が一緒だった。 ナリジ,コツ,オカコとも中学が一緒である。 私はエーちゃんとほとんど遊んだ記憶がない, まったく話したことがなかったと言った方が正直かもしれない。 エーちゃんは,第1回のライブの時にギャラリーとして来てくれた。 打ち上げにも参加してくれたようだが, 覚えていないのだ。エーちゃんとの微妙な距離が計れる。 そのエーちゃんと,私の高校時代の同級生・ジョーが 親しいというのだから,またまた世間は狭い。 高校を卒業してからバンドマンの道を目指していたジョーは, マッちゃん,エーちゃんたちとバンドを組んでいた時期があったのだ。

 第1回ライブを終えたある練習日, エーちゃんがケーキを手みやげに練習スタジオを訪れた。 その後も散々悩んだようだが,ジョーの執拗なプッシュについに俵を割り, ベースとパーカッション担当としてライブに挑むことになった。

 エーちゃんはいつも物静かで, 練習後の飲み会でも隅っこにちょこんと腰掛け, ほんのり紅く染まった顔に穏やかな笑みを 浮かべながら皆の会話の聞き役に徹している。 デザインの仕事をしているエーちゃんは, 第2回目ライブのチラシを作ってくれた。
「顔が分からないように写真をたくさん入れて, かっこよく作ってよ」
ジョーの無理な注文に応えてできたチラシは, 誰もが認めるプロの仕事だ。

 第2回のライブの映像で,エーちゃんは顔を赤らめながら 気持ち良さそうに体をくねらせてパーカッションを叩いている。 後にこの姿を「エーちゃんのタコ踊り」というようになる。 エーちゃんは,隠し持ったウイスキーのミニボトルを口に含み, ほろ酔い気分で一人恍惚の世界に浸っていたのだ。 ライブが終わる頃にはボトル一本がきれいに空になっていた。 最近になってきしぼんが言った。
「エーちゃんのパーカッションって, 叩く瞬間に一番力が抜けていましたね」
そのとおりである。ビデオを何度見ても パーカッションの音など聞こえてこない。

 第2回のライブが終わるとエーちゃんは会社を辞めて独立した。 あまりもの忙しさに第3回ライブを2カ月後に控えた 今になっても,練習に参加できずにいる。 仕事のラッシュで連日のように事務所に泊り込む日々が続いている。 この不景気の時代に羨ましい限りだが, その忙しさが私との距離を縮めることになった。
「忙しいぞー。REN手伝いに来ない?」
「やっと昼だ。仕事している?」
「今日も泊まりだー。まだ麻雀してるんでしょ?練習しなさい」
エーちゃんからの定期便メールである。 一月ほど前,エーちゃんから電話が入った。
「バンドのブラスとコーラスに若者が入ったでしょ。 デザインの仕事を目指している人っていないかな? バイトしてもらえれば助かるんだけど」
連絡を受けた私は,メンバーメールでブラスと コーラス担当の若者たちにバイトの求人を呼びかけた。 その一方で,Jgameで親しくさせていただいているミーコさんに相談した。

 ミーコさんは去年のライブにも来てくれた。 Jgameユーザーへのライブチケット販売にも協力してくれている大恩人である。 ネット麻雀ではロビーに待機することがほとんど無く, あそこで打っていたと思うと今度はここで, と常に時間の無駄なくネット麻雀を楽しんでいる。メッセのチャットでは,
「そうか」
「おおー」
が口癖だ。 「ミーコさんのお嬢さんにデザインを目指している方はいませんか? バンドのエーちゃんがバイトを探しているんです」
「いないなあ」
「あ,ちょっとまって」
「にばんめのむすめがやってみたい,っていっている」
ミーコさんのメッセは,すべて平仮名で統一され, 女性らしい実際とは対照的な男言葉が使われている。 女性ということを隠しているのか,ただ面倒なだけなのか, 正解は後者のようだ。

 エーちゃんが探し求めていたバイトがついに見つかった。 ミーコさんの二番目の娘さん・カズちゃんである。 こうしてJgameユーザー・ミーコさんの娘さんが, エーちゃんの事務所でバイトすることになった。 大学2年生のカズちゃんは,細身でおとなしく, 可愛いらしい知的な女性である。 整然としているが女っ気ゼロのエーちゃんの事務所に 一輪の可憐な華が備わった。 何とも不思議な縁で拡がった人間関係である。 物静かなエーちゃんとおとなしいカズちゃんのサイレントコンビだ。 一言も言葉を交わすことなく 1日が過ぎてしまうようなことだけはないことを願いたい。

きしぼん参入

 Jgameユーザーとおじさんバンドの距離を ぐっと身近にした功労者がきしぼん (ハンドルネーム=kishibojin)である。 第1回ライブが終わってしばらく経ったある深夜, Jgameで,たまたまきしぼんと麻雀をする機会があった。 きしぼんがミュージシャンであることは, Jgameユーザーのさくらママから聞いて知っていたが, 卓を囲んだのはこの時が初めてだった。
「RENのバンドはどんな曲をやっているの?」
「今度(第2回)のライブでは,こんな曲をやるよ」
私は麻雀テーブルのチャットに演奏曲のリストを貼り付けた。
「おおおおおおお」
懐かしい曲の数々にきしぼんが歓声をあげた。
「メンバーはどんな人たち?」
「高校時代に組んでいたバンドの仲間たちがメインで,職業はバラバラ。 レコード会社の人もいれば,医者や自営の人たちもいる。 やりたい,って人はみんな入れちゃうから, 全部で20人くらいはいるかな。 親子や夫婦で参加している人たちもいるよ」
「楽しそー。おいらも参加したい」
きしぼんはプロミュージシャンである。 「参加したい」とは言ってくれたものの, 話の勢いということもある。 私は実際におじさんバンドを見てもらった上で, きしぼんの気持ちを確かめようと考え, ライブに招待することにした。

 昨年(2002年)の第2回ライブには, Jgameから15人のユーザーが応援に駆けつけてくれた。 開場前にライブハウスの入り口で涼んでいると, ミーコさんたち一行に混じって, 長身で若風の出で立ちのきしぼんがいた。 きしぼんは,かつては大手レコード会社に所属していたことがある。 現在は新宿などの店でミュージックチャージを取って演奏している プロバンドのヴォーカリストである。 音楽分野はラテン音楽で,アルバムはすべてオリジナルが収められている。 おじさんバンドの印象はまずまずだった。 楽しさだけは十分に伝わったようだ。 そこで,今度は私がきしぼんバンドのライブに行ってみることにした。

 きしぼんバンドが演奏する店は, 新宿の西口の駅から5〜6分ほどの距離にある。 広すぎず狭すぎず,落ち着いた雰囲気の南米料理店である。 お目当てバンドの演奏日に合わせて来店する客がほとんどのようだ。 裾を折り返したジーンズとTシャツ姿をエプロンで覆い, いかにも打たれ強そうなボクサータイプといった風貌のウエイターが, 店内を小走りに動き回り注文を取っている。

 きしぼんバンドは予想どおり素晴らしかった。 きしぼんの歌声は澄んでいて美しい。 ソロは言うまでもなく, ハーモニーも女性ヴォーカルの声に見事に溶け込んで, 心地よく耳の奥に響いてくる。 きしぼんの実力を目の当たりにして不安になった私は確かめてみた。
「本当にうちのバンドに参加するの?」
「ええ,やってみようと思って。よろしくお願いします」

 私はきしぼんのことをメンバーに話し, きしぼんライブのツアーを呼びかけた。 するとジョー,山ちゃん,シゲ,オカコの4人が応じてくれた。
「うまい。さすがにお金を取るだけのことはある。いえーい」
酒が入るにつれてジョーがノッてきた。
「うまいなぁ。本当に参加してくれるの?」
山ちゃんが不安そうに言う。
「ラテン音楽ってバリエーションがあって面白いですね」
シゲが感心する。 きしぼんは演奏の合間の空き時間に私達の席に来て, メンバーたちと雑談を交わしながら おじさんバンドへの参加を約束した。 こうしてきしぼんがメンバーに加わった。

コツは6人目のnavios

 きしぼんの加入が転機となって,メンバー構成が劇的に展開し, メンバー間の新しい繋がりも生まれた。 その代表的なのが,きしぼんバンドとコツとの出会いである。 きしぼんバンドは,制作中だった2枚目のCDの レコーディング作業が大詰めを迎えていた。 時間に関係なく仕上げ作業に打ち込める録音スタジオを探していたのだ。 おじさんバンドに加わったのは,ちょうどそんな時だった。 それを知った私は,自宅の地下をスタジオにしているコツのことを話してみた。 すると,即座にきしぼんが反応し,スタジオの使用を申し入れた。 コツスタを使うようになってから, 滞っていた2枚目のCD制作が一挙に加速した。 何度となく行われたコツスタでのレコーディングが実を結び, 待望のきしぼんバンド(navios)の セカンドアルバム“sol”が3月23日に完成した。

 アルバムを見せてもらうと,表紙にコツも写っているではないか。 アルバムの帯には「国分寺コツスタジオ」のクレジットまである。 私はアルバム完成のお祝いを兼ねて,コツ,ナリジ,エーちゃんと, きしぼんバンドの「ニューアルバム完成記念ライブ」に顔を出した。 きしぼんバンドの面々とコツが嬉しそうに会話を交わしている。
「アルバム完成の打ち上げはウチ(コツ宅)でやろう」
「私の手料理を披露するわ」
「コツさんは6人目のメンバーです」
コツはきしぼんバンドの身内となった。 人間関係の拡がりに思わず表情が和む。 それにしても,適当に付けた「コツスタ」が アルバムに印刷される固有名詞になってしまうとは……。 もう少し,マシな名前を考えれば良かったと反省している。

ブラス部誕生

 きしぼんが練習に参加するようになった頃から, ジョーの長年の夢が叶うようになる。 念願のブラスセクションの相次ぐ加入だ。 はじめにナリジが早稲田大学時代のジャズクラブの仲間に呼びかけて, トリちゃんがトランペット担当としてメンバーに加わった。 トリちゃんは,後に編成されるブラス部の中心的存在で, ブラスセクションのとりまとめとブラス譜起こしを担うことになる。

 ジョーの娘さんのリカちゃんが, 友達のイリアちゃんの家で第2回ライブ映像のネット配信を見ていると,
「楽しそう,お父さんも参加したら?」
家族に薦められ,トガちゃんがアルトサックスと フルート担当としてメンバーに加わった。 トガちゃんは,テレビの歌番組などのバックで 演奏していた元プロミュージシャンである。 現在は,都心で雑炊の専門店を経営している。 10年ほど前,近所の会社に勤めていたエーちゃんが 偶然にも常連客だったという。 先日エーちゃんと店に行ってこのことを話してみた。 すると,トガちゃんはエーちゃんの顔を見つめながら首をかしげた。 サイレントが売りのエーちゃんは,10年前も店の空気に同化して, トガちゃんの記憶の中で透過しているようだ。トガちゃんのお店は, バンドメンバーの集まりや Jgameユーザーのオフ会などで利用させていただいている。

 ブラスセクションの充実を相談していたある時, きしぼんから携帯にメールが入った。
「おいらの同級生で,高校時代のバンド仲間の子供が 高校でブラス部に入っていたそうです。 誘ってみましょうか?」
きしぼんの口利きで,親友・タッちゃんの娘さんのミワコちゃんが トロンボーン担当としてメンバーに加わった。 さらにミワコちゃんの誘いで, 同級生のムトウちゃん(テナーサックス)と, サカイちゃん(アルトサックス)も加わった。 この二十歳トリオは,高校のブラス部で大きなコンクールに出場しては 優秀な成績を残していた強者達である。 ジョーが恋こがれたブラス部がついに編成された。

きしぼん、コーラス部長に就任

 プロヴォーカリストきしぼんの加入で, これまでヴォーカルを担当していた山ちゃんのことが 気になっていたが,どうして,どうして。 きしぼんの参加に刺激を受けた山ちゃんは, きしぼんをはじめメンバーのアドバイスに積極的に耳を傾ける一方で, 進んでヴォイストレーニングに通い, ヴォーカルテクニックの向上に努めだした。 きしぼんの加入がいい方向に作用したのだ。

 一昨年の第1回ライブでリードヴォーカルを務めた親父の勇姿に仰天し, すっかり洗脳されてバンド遊びまで始めだした山ちゃんの息子のケータローも, はちきれんばかりの若さ爆発, 高音域シャウト専門ヴォーカルとしてライブに参加することになった。 ケータローが歌うビートルズの「Birthday」と「Oh! Darlin'」は, 極端にキーが高い。練習でも声が出たり,出なかったりの一発勝負状態だ。 心配したメンバーが何度となくメールで山ちゃんを通じてたしなめた。
「無理をしないでキーを下げたら? ケータローに言ってみてよ。喉をつぶしても大変だから」
当のケータローは一向に聞き入れない。
「キーを下げるんなら,パパやきしぼんさんが歌ったらいいじゃないか。 ぼくなんかよりずっとうまいんだから」
「山ちゃん,いい若者じゃないか。気持ちいいねえ」
ナリジのレスに思わず表情がゆるんだ。

 ある練習後の飲み会でジョーがきしぼんに言った。
「ミワコちゃんのお父さんも昔一緒のバンドで歌っていたんでしょ? きしぼん,誘ってあげなきゃ。娘も参加しているし, 絶対やりたいはずだぜ」
ジョーは,きしぼんに潜む気持ちを察して 背中を押してあげたのかもしれない。 その後すぐにタッちゃんがヴォーカルと コーラス担当としてメンバーに加わった。

 今年の第3回ライブの演奏曲は,すでに20曲を超えている。 曲数減らしに苦慮していたジョーからメールが入った。 「トガちゃんの娘さんのイリアちゃんが『もらい泣き』を歌いたいそうだ。
ほかならぬトガちゃんの娘さんだ。みんな,よろしく」
イリアちゃんがヴォーカルとコーラス担当でメンバーに加わった。 ジョー,ナリジ,山ちゃん,タッちゃんに続いて5組目の親子参加となる。

 一気に充実したヴォーカル陣の取りまとめ役をきしぼんが担うことになった。 こうして,部長きしぼんが率いるコーラス部が編成された。

金ちゃんはおじさん?

 また一方で,Jgameで親しくさせていただいている 篠芙さんとの繋がりが縁で, 娘さんのリオちゃんがコード譜起こしとブラス譜の アレンジで協力してくれることになった。 芸大の4年に在学するリオちゃんは強力な助っ人である。 私はリオちゃんを仲間に引き込もうと考え,ライブの出演を誘ってみた。
「キーボードで参加しない?」
最初は固辞していたリオちゃんだが, コード譜起こしを手伝ううちにメンバーともすっかり馴染み, またコツの後押しも功を奏して, 難しいキーボード曲の専門奏者としてライブに参加することになった。

 作曲科で学ぶリオちゃんは,映画音楽の作曲家を目指している。 50本を超える映画の音楽プロデューサーを務めたナリジと, 音響の仕事をしているコツは, バンド活動を離れてもリオちゃんの良きアドバイザーである。
「この前作った曲を今度は悲しい響きにアレンジしてごらん」
ナリジから課題が出され,リオちゃんがチャレンジする。
「新しい曲ができたので送りましょうか?」
リオちゃんは新作ができるとメンバーに知らせてくれる。 私はリオちゃんの軽快な作品が大好きだ。

「もう1本ペットがあるといいんだけど」
トリちゃんの希望もあって,ペット部門の補強に乗り出した。 ミワコちゃんに高校時代のブラス部仲間を当たってもらったが, それぞれの活動で目一杯のようだ。
「芸大ならいるんじゃない?」
スタジオ代の清算の時,冗談まじりでジョーの耳元で囁くと, ジョーがスピーカーになってリオちゃんに伝えた。
「芸大でペットやってくれる人,誰かいないかな?」
「うーん,いないことはないと思いますが。探してみますか?」
何日か経って,リオちゃんから朗報が届いた。 リオちゃんは大学のペットの部屋に手書きのチラシを貼ってくれたのだ。 チラシを見た2年生のチヒロちゃんがライブに 助っ人として参加してくれることになった。 何と芸大生が2名もおじさんバンドに参加してくれることになった。 5月4日,初めて練習に参加したチヒロちゃんの演奏は, 素人の私が聞いても素晴らしかった。 トリちゃんに聞くと,チヒロちゃんの演奏が「正道」らしい。
「トリちゃんの演奏は『邪道』なのか……」
勝手に納得して頷いた。

 この日の練習の後で, チヒロちゃんとイリアちゃんの歓迎飲み会を開いた。 その席できしぼんが聞いた。
「チヒロちゃん,何で参加しようと思ったの?」
「はい,楽しそうだなぁって思いました」
次の瞬間,チヒロちゃんは,リオちゃんが作ったチラシを カバンから取り出し,両手で広げて皆に見せてくれた。
「おおおお,見せて,見せて」
「えええ,ちょっと待って下さい。変なこと書いてないかしら……」
「7月21日にライブをやります。30歳から40歳のおじさんたちがメインでたくさんの人たちが出演します。 楽しいと思います。一緒に参加しませんか」
カラフルに彩られたチラシには,可愛いシールが所々に貼られていた。 あれなら誰でも参加したくなってしまうだろう。 チラシを見たきしぼんが言った。
「金ちゃん,金ちゃん, 30歳の金ちゃんもこれでおじさんってことが証明されたね!」

 京大法学部出身の金ちゃんは,ナリジの会社の法務部に勤めている。 ナリジは,社内バンドを作ろうとしていた 金ちゃんを第2回ライブに誘った。 この時の「面白そうですね」の一言が縁になってメンバーに加わった。 ぽっちゃりとしていつも笑顔の金ちゃんは, 年に似合わず70〜80年代の音楽がお気に入りだ。 四人囃子のファンであることを知ったコツが, ライブチケットを手配してあげた。 コツのチケットはゲスト用で,ライブ後の立食パーティーと, メンバーの打ち上げまで同席できたそうである。金ちゃんは舞い上がった。
「BOφWYやGLAYをプロデュースした佐久間正英さん, 日本のデビッド・ギルモアといわれた伝説のギターリスト森園勝敏さん, 凄いドラマーの岡井大二さん,凄いキーボーディスト坂下秀実さん, オリジナルメンバーのベーシスト中村真一さんのメンバー全員にサイン・ 握手・お話などしていただいちゃったりしました」
興奮さめやらぬ金ちゃんからメールが届いたが, 最初の佐久間氏,森園氏に比べ, あとの3人の形容が「凄い」というわりには, すごく感じないのは私だけだろうか。

 最近,ミワコちゃんの妹さんの同級生・ コータ君が練習の見学にスタジオを訪れた。 すると,ジョーが言った。
「コータ君,“ヨーロッパ”叩いてみない?」
「え,リズム音痴のぼくはジョーとのアイコンタクトで 修正しながらギターを弾いているんだよ。 人が代わると弾けないよ……」
私の不安を余所にジョーはコータ君に “ヨーロッパ”のドラムを委ねてしまった。 ケータローに続いて2人目の高校生・コータ君がメンバーに加わった。

特殊部隊という存在

 ほかのバンドには無いおじさんバンド特有のユニークなセクションが, 楽器を持たず歌わない「特殊部隊」の存在である。去年のライブが終わると, 自宅サーバを開設している Jgameユーザーのイナちゃん(ハンドル名=いなだ)が, ライブ映像をネットで配信してくれた。 さらにバンドのホームページまで厚意で立ち上げてくれた。 お礼を申し出ても
「楽しませていただいていますから」
と頑なに拒むイナちゃんを私は仲間にしようと考えた。 メンバーに紹介すると全員快く受け入れてくれた。 こうして,コツの音響班に続いてイナちゃんのIT班が編成された。 音響班とIT班を総称して「特殊部隊」という。 IT班の設置は,おじさんバンドに産業革命ならぬバンド革命をもたらした。 練習内容を振り返るには,録音を確かめるのが一番効果的だ。 しかし,録音データは20分の演奏を圧縮しても優に40MBを超えてしまい, とてもメールなどでは送信することができない。 いなちゃんが自宅サーバのFTPを提供してくれたことによって, その日の練習がその日のうちに各自の自宅PCで確認できるようになった。 さらにいなちゃんは,バンド活動を離れても クリーニング店を営むジョーのホームページ作り, きしぼんの自宅PCのトラブル,シゲの自宅PCのADSL接続, ナリジの自宅PCのネットワークトラブルなどに, 気持ちよく出向いて解決に努めてくれた。 イナちゃん大活躍である。 また,私の兄がこの5月10日から始めたローズ・カフェの ホームページ作りにも積極的に協力してくれている。

拡がり続ける仲間の輪

 昨年からは,デザインの仕事をしているエーちゃんが カメラマンのマスミに声をかけて, 一緒に仕事をするようになった。 エーちゃんは,自宅外壁塗装の塗り替えを, 塗装工事会社を経営する山ちゃんに頼んだそうだ。 さらに,エーちゃんの紹介で, コツがCM制作のプレゼンテーションを手がけることになり, その音楽収録にきしぼんとイリアちゃんが参加するなど, エーちゃんが核となってメンバー間の仕事の輪も拡がりつつある。

 子供たち憧れの音楽業界,映画業界で活躍し, ITのベンチャー企業の役員を務めているナリジは, 高校の広報委員を務めているJgameユーザー・ ミーコさんの取材の申し出を快く引き受けてくれた。 また,きしぼんバンドのニューアルバムが, ナリジの会社のインディーズ部門(indiesmusic.com)で 販売される日も近づいている。さらに, 昨年のライブ映像を編集してくれたキムラ君と, エーちゃんの元でこの記念冊子のデザインを アシストしてくれたカズちゃんも, それぞれ特殊部隊の記録班, デザイン・スタッフとしてメンバーに加わった。

 ジョーの不可解な年賀状から始まったおじさんバンドは, 今年で4年目を迎えた。 当初ジョー,ナリジ,ショーゾー, 私の4人でスタートしたメンバーは,28人に増殖した。 これまでのライブに出演した仲間も合わせると37人になる。 2003年の「海の日ライブ」に出演する28人は, 年齢層が17歳から61歳まで。親子5組,夫婦1組を数える。 夫婦あり,親子あり,兄弟あり,同級生あり,ネット仲間あり, 会社関係あり,子供の友だちあり, その他何でもありのありありである。 今年で3回目となるライブは,恒例の年中行事として定着しつつある。 Jgameから50人近い人が来るのでは,との話もある。 今度はどんな出会いが待っているのか, どんな繋がりが生まれるのか。社会は人によって築かれている。 小さな集まりにすぎないおじさんバンドだが, 時間のブランク,プロとアマ,ネットと実生活,職業,世代, すべての壁を乗り超えて豊かな人間関係が展開している。 波紋のように拡がり続ける仲間の輪に 人生の面白さを感じずにはいられない。

 最高の時間を共有している最高の仲間たちに 感謝の意を込めて声高らかに叫びたい。

 おじさんバンド万歳,家族万歳,そして,友だち万歳。

終わりに代えて

 最後に2003年3月26日,The Loose & Beatホームページの掲示板に 意を決して書き込んでくれたこのエッセイの影の主役・ ジョーの言葉を紹介してこの連載を終えることにする

 Jgameの皆様,初めまして。 「おじさんバンド奮闘記」でおなじみのジョーです。  RENの名誉と,昔と違って仕事柄か, 異常に謙虚になったことに敬意を表して書かせてもらいます。 RENと初めて会ったのは高校時代ですが, 「奮闘記」にあるとおり,確かに当初はわたしの方が, ギターがうまかったかも知れません。 が,あっという間に追い越されて手の届かない所に行ってしまいました。
「おお,こいつこそ天才だ!!」
と思ったものです。  例を上げれば,わたしが何度聴いても コピーできない音をあっという間にコピーしたり, ピアノを習った事ないのに, 何時の間にかピアノが弾けるようになっていたり, 早いフレーズ(ギターです)を弾いているのに,手は早く動いてなかったり (俗に言うエリック・クラプトンのスローハンドってやつです。 ライブ時にはRENの手元に注目!未だに当時の片鱗は伺えます)。

 もったいないことに,奮闘記にも書いてある通り, 努力するのがあまり好きではないようで, 高校時代を最後に音楽やめてしまいました。 あのままやっていて精進すれば, いっぱしのプロになっていたでしょう! 野球に例えると分かりやすいかと思いますので, さすがに松井,イチロークラスまでは行かないかも知れませんが, わたしのドラムが高校野球の地区予選の 1,2回戦で負けるクラスだとすると, RENは本人の努力次第ではプロの 1軍クラスまでは行けたのではないかと思われます。 お〜もったいない,もったいない^^

 高校時代はわたしがよく怒られていましたが, 今では長年のブランクにより, すっかり立場が逆転してしまいました(^^;

 本物の野球でも彼は相当凄かったらしく, プレイは見た記憶ありませんが, 良く自慢されました(今の謙虚さからは考えられない)。 重ね重ねもったいない! 今ではすっかり普通のおじさんになってしまいました。  でも,相変わらず耳は良いです(音のコピーの事です)。

てな訳で,みなさんRENの応援よろしくお願いします!

 乱文にて失礼しました……。

    (終)

 ジョーありがとう。
 良い機会を与えて下さったあらまあーさん, 長い間のお付き合い下さった「週刊あらまあー」の愛読者の皆さま, 本当にありがとうございました。

第1章 再会
第2章 悪戦苦闘の楽器店通い
第3章 過去と今の連鎖
第4章 小さな思い出の復活
第5章 いざライブ!(コツ登場)
第6章 6.3 初ライブ
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