冗談からマジ?(おじさんバンド奮闘記)

じろー(REN)

第1章 再会

奇妙な年賀状

 正月の楽しみに年賀状がある。この時ばかりの音信がほとんどかもしれない。
「彼は元気でやっているようだな。ほー,子供が大学生になったのか」
そんな他愛もないことを思いながら葉書に目を通す。中には問いかけの添え書きがあったりもする。 それに答えるには,運良く覚えていても1年先のことになる。忘れてしまえばそれきりだ。 何ともいい加減で気の長い話である。私の賀状は,小・中学校時代の同級生から多く届く。 何度かクラス会の幹事役が回ってきたのが理由のようだ。
「今年は皆で会いたいですね」
「そろそろクラス会をやりたいですね」
同級生からの決まり文句である。残念なことに顔を思い出せない人も何人かいる。 どこかで旧友と繋がりを保っていたい人が多いのかもしれない。 ひと頃多く見られた子供の写真が,近頃ではすっかり姿を消した。
「さては子供が親のいいなりにならない歳頃に成長したな」
勝手に解釈しながら賀状をめくる。そんな時だった。 高校時代の同級生ジョーからの妙な1通で手が止まった。2000年新春のことである。

 その賀状には,極端に小さな文字でメールアドレスが書いてあった。その小ささというと半端ではない。 とても読み取れないのだ。まるでわざとわからないようにしているとしか思えない。 だとすると,なぜわざわざ載せたのか。不可解に思った私は,虫眼鏡を使って見た。 やはり判読できない。気になって仕方がない。そこで前年の賀状を探してみた。 同じ大きさだ。こうなると気が納まらなくなった。さらに前々年前の賀状を探し出した。 気のせいか幾らか大きく見えるように感じた。どうにか虫眼鏡で読み取り,早速メールを送ることにした。
「久しぶり,元気?今度会いたいね」
「元気だよ。いいね,ぜひ会おう」
お決まりのやりとりである。 後で聞いたら,小さなメールアドレスは,単にPC操作がわからず大きくできなかっただけのことらしい。 何とも人騒がせな賀状である。

伝説のハートブレーカー

 ここでジョーを紹介する。彼は私の高校時代の同級生である。クラスは一緒になったことはないが, ジョーも私も音楽を選択していて,彼は1年5組,私は隣の1年6組だった。 ある日の放課後,5組から歯切れのいいアコギ(アコースティックギター)の音色が聞えた。 足を運ぶと,長髪でいかにも女性にもてそうなジョーがギターを弾いていた。 ガロの「地球はメリーゴーランド」を軽快に奏でている。ジャカジャカ,ジャカジャカ,ジャカジャカ・・・・・・。 1拍目に大きくアクセントを付けたダウン・アップ繰り返しのカッティングは,私がそれまで知らない弾き方だった。 やたら上手に耳に響いた。ジョーは人見知りをするようだ。私が隣に立っても一向に目をあわせようとしない。 次の瞬間,
「こんなことだってできるんだぞ」
と言わんばかりに,グランドファンクの「ハートブレーカー」を弾き出した。 リードギターの奏法だが,右手はダウンだけのピッキングで見事に弾きこなしていた。
「ひょっとして,こいつは天才かもしれない」
衝撃的だった。後にジョーとバンドを組んで,私がリードギターを担当するようになってからわかったことだが, ジョーはダウンからアップにピックをはじき返すことが出来なかったのだ。 あまり上手くなかったことも後になって知ることになる。

 後にジョーはドラムを担当することになる。 私の時代の高校生バンドでは,誰がドラムを担当するかが大きな問題となっていた。 ドラムは高価な楽器であり,置き場所と叩ける場所がなかなか無いからだ。 当時からアルバイトに精を出していたジョーは,私たちには一番の金持ちに見えた。 ギターも私の方が若干上達していた。そこで白羽の矢がジョーに当たったのだ。 これがドラマー・ジョー誕生の経緯である。

ヒットメーカー・ナリジの原点

 ジョーからの返信の後,高校時代にバンドを組んでいたナリジの賀状からメールアドレスを見つけてメールを送ってみた。
「ジョーとメールで今度会おうと話している。ナリジもどう?」
「いいね。メールで日時を打ち合わせよう。REN場所決めて」
お決まりのやりとりが現実的になってきた。私たち3人の再会は,25年ぶりのことになる。

 私の住んでいた国分寺市は新宿からJR特別快速に乗って21分の距離にある。 ナリジは,私の小・中学校時代の同級生である。小学校の低学年の時に都心から転向してきたのだ。 体は大きい方で,ムッチリしていて色が黒く,歌がうまく勉強も良くできた。中学時代は生徒会長を務めたほどである。

 中学2年の時のことである。私は,ナリジ,ハコの3人グループでよく遊んでいた。 余談だが,Jgameで遊んでもらっている麻雀を覚えたのもこの時期だ。この3人で一緒に覚えた。 ある時,ギターで遊ぶことになった。私は小学生の時に自己流でギターを覚え, 簡単なコードとベンチャーズの有名な曲の触り程度は弾くことができた。ハコも私と大差はない。 ナリジはまったくギターに触ったことがなかった。
「折角3人いるから何か合わせようよ」
私の提案でビートルズの「ゲットバック」を演奏することになった。 私がリード,ハコがサイド,ナリジはベースを担当した。 ゲットバックは基本的にAとDのコードを繰り返す8ビートの曲だ。 ベースは,左手を押さえることなく,5弦と4弦の開放弦を八分音符で刻めば何とかなるのである。 それでも初めてギターに触ったナリジには難しいらしく,時々はじく弦を間違えながら四分音符で一生懸命弾いていた。 私には何気なかったこの演奏がナリジの人生を大きく動かしたようだ。

 後にナリジは,有名レコード会社に勤め,チェッカーズ,おニャン子クラブなどの人気グループや人気歌手の数々をディレクターとして担当し, ヒットメーカーとして大変な活躍をすることになる。今から20年くらい前のハコの結婚式のスピーチで, また先日ある人を紹介した時の会話の中で,ナリジはこのときのことを熱く語っていた。
「ぼくの音楽の原点は,中学時代のゲットバックだった。 初めて音がそろった時の響きと喜びが忘れられなくて音楽の道に進むようになった」

25年ぶりの再会

 話を本題に戻す。メールのやりとりでジョーとナリジと私の3人は,代々木の季節料理の店で会うことになった。 場所を代々木にしたのは,店探しを任された私の家に近く,ナリジの会社にも近い,という安易な理由である。 私がハマっていたパチスロの店が代々木にあったことも大きく影響しているが,その話はここでは省略する。 ナリジは,ショーゾーに声をかけ,ジョー,ナリジ,ショーゾー,私の4人で会うことになった。

 ショーゾーは,ハコの高校時代の同級生で,今は某大手旅行会社の管理職である。 高校時代は長髪を靡かせたサッカー少年だったが,25年ぶりの姿はすっかり太ってしまって, 誰だかわからないという変貌ぶりだった。ビートルズが好きでビートルズのことなら何でも知っている。 高校時代は「ヒア・カムズ・ザ・サン」のアコギがやたらと上手かった記憶がある。

 懐かしい友との再会と酒に酔いながら,会話ははずんだ。 ジョーは,今ではすっかり音楽から離れてクリーニング店を経営していた。ジョーが言った。 「2年くらいクラブで演奏した時があった。毎日知らない曲ばかりだ。
楽譜もなくて,次は3連,次は16ビート,次は8ビート,それしか言ってくれない。 この辺がサビか,この辺でオカズか,まったく勘だけでやっていた。あの時の2年間で随分鍛えられたよ」
ナリジはレコード会社を辞めて,IT関係のベンチャー企業に転職し,役員に就任していた。
「レコード会社にいた時は,飲んでいてもBGMがかかると聞き流せなかった。 誰が歌っているのか,誰の曲か,いいアレンジだ,ここはこうしたらいいのに,そんなことばかり考えて聴いていた。 今は本当に音楽を楽しめるようになったよ」
私は高校時代のバンドを解散してからまったく音楽とは無縁の生活を送っていた。 もちろんギターなど高校以来触ってもいないし,持ってもいない。 音楽を耳にするのはせいぜいパチンコ屋でのBGMくらいのものだった。

 同じ趣味の時間を共有した友人との再会はいいものである。 長いブランクも今の仕事や立場の違いも何の障害にはならない。 名前の呼び方,話の内容,話しっぷりまで,まるで高校時代に戻ったようだ。そんな時である。
「またバンドをやらないか!」
ナリジから突然思いもかけない言葉が飛び出したのである。

第2章 悪戦苦闘の楽器店通い
第3章 過去と今の連鎖
第4章 小さな思い出の復活
第5章 いざライブ!(コツ登場)
第6章 6.3 初ライブ
第7章 拡がり続ける仲間の輪
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