|
じろー(REN) 第1章 再会奇妙な年賀状
正月の楽しみに年賀状がある。この時ばかりの音信がほとんどかもしれない。
その賀状には,極端に小さな文字でメールアドレスが書いてあった。その小ささというと半端ではない。
とても読み取れないのだ。まるでわざとわからないようにしているとしか思えない。
だとすると,なぜわざわざ載せたのか。不可解に思った私は,虫眼鏡を使って見た。
やはり判読できない。気になって仕方がない。そこで前年の賀状を探してみた。
同じ大きさだ。こうなると気が納まらなくなった。さらに前々年前の賀状を探し出した。
気のせいか幾らか大きく見えるように感じた。どうにか虫眼鏡で読み取り,早速メールを送ることにした。 伝説のハートブレーカー
ここでジョーを紹介する。彼は私の高校時代の同級生である。クラスは一緒になったことはないが,
ジョーも私も音楽を選択していて,彼は1年5組,私は隣の1年6組だった。
ある日の放課後,5組から歯切れのいいアコギ(アコースティックギター)の音色が聞えた。
足を運ぶと,長髪でいかにも女性にもてそうなジョーがギターを弾いていた。
ガロの「地球はメリーゴーランド」を軽快に奏でている。ジャカジャカ,ジャカジャカ,ジャカジャカ・・・・・・。
1拍目に大きくアクセントを付けたダウン・アップ繰り返しのカッティングは,私がそれまで知らない弾き方だった。
やたら上手に耳に響いた。ジョーは人見知りをするようだ。私が隣に立っても一向に目をあわせようとしない。
次の瞬間, 後にジョーはドラムを担当することになる。 私の時代の高校生バンドでは,誰がドラムを担当するかが大きな問題となっていた。 ドラムは高価な楽器であり,置き場所と叩ける場所がなかなか無いからだ。 当時からアルバイトに精を出していたジョーは,私たちには一番の金持ちに見えた。 ギターも私の方が若干上達していた。そこで白羽の矢がジョーに当たったのだ。 これがドラマー・ジョー誕生の経緯である。 ヒットメーカー・ナリジの原点
ジョーからの返信の後,高校時代にバンドを組んでいたナリジの賀状からメールアドレスを見つけてメールを送ってみた。 私の住んでいた国分寺市は新宿からJR特別快速に乗って21分の距離にある。 ナリジは,私の小・中学校時代の同級生である。小学校の低学年の時に都心から転向してきたのだ。 体は大きい方で,ムッチリしていて色が黒く,歌がうまく勉強も良くできた。中学時代は生徒会長を務めたほどである。
中学2年の時のことである。私は,ナリジ,ハコの3人グループでよく遊んでいた。
余談だが,Jgameで遊んでもらっている麻雀を覚えたのもこの時期だ。この3人で一緒に覚えた。
ある時,ギターで遊ぶことになった。私は小学生の時に自己流でギターを覚え,
簡単なコードとベンチャーズの有名な曲の触り程度は弾くことができた。ハコも私と大差はない。
ナリジはまったくギターに触ったことがなかった。
後にナリジは,有名レコード会社に勤め,チェッカーズ,おニャン子クラブなどの人気グループや人気歌手の数々をディレクターとして担当し,
ヒットメーカーとして大変な活躍をすることになる。今から20年くらい前のハコの結婚式のスピーチで,
また先日ある人を紹介した時の会話の中で,ナリジはこのときのことを熱く語っていた。 25年ぶりの再会 話を本題に戻す。メールのやりとりでジョーとナリジと私の3人は,代々木の季節料理の店で会うことになった。 場所を代々木にしたのは,店探しを任された私の家に近く,ナリジの会社にも近い,という安易な理由である。 私がハマっていたパチスロの店が代々木にあったことも大きく影響しているが,その話はここでは省略する。 ナリジは,ショーゾーに声をかけ,ジョー,ナリジ,ショーゾー,私の4人で会うことになった。 ショーゾーは,ハコの高校時代の同級生で,今は某大手旅行会社の管理職である。 高校時代は長髪を靡かせたサッカー少年だったが,25年ぶりの姿はすっかり太ってしまって, 誰だかわからないという変貌ぶりだった。ビートルズが好きでビートルズのことなら何でも知っている。 高校時代は「ヒア・カムズ・ザ・サン」のアコギがやたらと上手かった記憶がある。
懐かしい友との再会と酒に酔いながら,会話ははずんだ。
ジョーは,今ではすっかり音楽から離れてクリーニング店を経営していた。ジョーが言った。
「2年くらいクラブで演奏した時があった。毎日知らない曲ばかりだ。
同じ趣味の時間を共有した友人との再会はいいものである。
長いブランクも今の仕事や立場の違いも何の障害にはならない。
名前の呼び方,話の内容,話しっぷりまで,まるで高校時代に戻ったようだ。そんな時である。
第2章 悪戦苦闘の楽器店通い |